石川県の山代温泉には、市民湯「総湯」を中心に温泉宿が環状に並ぶ「湯の曲輪」と呼ばれる独特の街並がある。この一角に、寛政元年創業、かつて「白銀屋」と呼ばれた旅館が建つ。街並に面して紅殻の格子が配された伝統木造建築である。
2005年に星野リゾートが運営を引き継いだが、老朽化により、増改築を実施することになった。
新たに50室の客室、食堂、ロビー等の機能が要求された。この新しい機能はすべて増築範囲となったが、既存木造本館を解体するか保存するかが大きな議論となった。白銀屋は登録有形文化財であり、その佇まいは湯の曲輪で最古、かつ唯一無二のものであった。それは新規開業しても旅館の変わらない顔となり、運営にプラスになると判断された。結局、湯の曲輪に面する側の建屋を残し、他は解体して増築棟のためのスペースをつくるという「減築」を行うことになった。
既存本館は減築とともに耐震補強工事を実施した。さらに、同じく登録有形文化財である奥庭の茶室もあわせ、既存木造建築はすべて内外観の改修を行った。既存本館の1階は大きな吹抜けがあり、ここは以前同様、象徴的なエントランスホールとなった。
新しい増築棟は地上8階の大きなボリュームとなるため、道路境界線から20m下がった位置に配置し、圧迫感の低減に努めた。これにより既存本館と増築棟の間に新たな隙間が生じた。元々ある前庭、奥庭とあわせ、中庭として計画した。
来館者はまず既存本館の門を入り、前庭を横に見て本館に靴を脱いで上がる。エントランスを通過すると一旦外へ出る。中庭を見ながら、既存本館と増築棟をつなぐ屋根付きの太鼓橋を歩くと増築棟のロビーに到着する。
ロビーは東西面がガラス張りで、中庭・奥庭両方を見渡せる。来館者は到着した時点で、建物内外と、3 つの庭のシークエンスを体験できる。
大浴場はロビー南側に男女別で計画した。それぞれ内湯・外湯で構成され、外湯は小規模だが専用の庭がある。
2階は食事処と厨房である。プライバシーを保ちながら食事を楽しめるよう、和風の造形による統一されたブースによって区切った空間とした。
3〜8階を客室とした。湯の曲輪に面する側はすべて客室廊下とし、全面ガラスの上に木製縦ルーバーを配した。大きな面を細い部材で覆うことで圧迫感を低減するとともに、夜は廊下の照明がルーバーを通して外に洩れ、上質な表情を見せることを意図した。
客室は和風を基本としながら、布団風のベッド、シャワー室、テラスなど、和風以外の要素も用い、来館者が過ごしやすい客室を目指した。すべての客室に、山中漆器、加賀友禅、加賀水引などの郷土の工芸品を装飾として設置した。
運営諸室と設備室は地下1階・1階にまとめて配置した。
竣工後、無事既存木造本館と茶室の有形文化財が登録維持されることになった。文化財建築を減築し、現代建築と共存させながら、有形文化財登録される事例は少ないと思う。減築・保存した既存本館には明確な機能は残さなかったが、そこに在ることが既に機能である、という計画ができたのは意義があったと思う。